前回の続きです。学力の差はどの段階で生じるのか。そして、その差を挽回して学力を上げるためにはどんな対策を取ればいいのかというテーマで、今回は算数や数学を通して私なりの見解をまとめさせていただきたいと思います。
前回にも触れましたが、学力の伸びる時期については確かに個人差があるようです。小学生を教えていると、すでに低学年の段階から学力の高さを感じる子もいます。一方で、高学年になるにつれて学力が見違えるほど上がってくる子や中学生になってから大きく力を伸ばす子もいます。ですから、いつまでに学力向上のトレーニングをしなければならないというわけではありません。
しかし、算数に限定するならば、小学5年生までには基礎学力をつけておく必要性を感じます。それ以降に遅れた学力を改善しようとするならば、小学4年までの学習を再学習することが必要です。つまり、算数以外の科目だったら、今使っている教科書や学習教材で学力の改善は可能です。しかし、算数に関しては5年生以前の知識を定着させてから5年生以降の内容の理解を積み重ねていかないと、知識の混乱が生じてそれ以降の算数・数学に全くついていけなくなります。「中学の数学から難しくなるから中学からしっかりやりなさい」では間に合わないと思ってください。その原因は5年生からの算数の学習内容にあります。
小学生の多くが算数の勉強は計算ができれば大丈夫だと思いこんでいます。だから、4年生まで計算処理をそれなりにこなすことができていれば、算数の苦手意識はほどんどありません。たとえ文章題に手間取っても4年生までの算数のテストで文章問題は2~3割程度なので得点は8割前後をキープできます。それを見てご両親も子供の算数は大丈夫だと思いがちです。
でも、算数は計算処理を学ぶ教科なのでしょうか。確かに、整数、小数、分数の四則演算は算数で学ぶ内容です。そして、計算処理能力の向上は学力の基礎固めではとても大切だということは否定しません。しかし、それだけが算数で学ぶ内容ではありません。計算処理能力と合わせて、算数や数学で学ぶべき重要な内容は数学的な思考力です。
国語でも思考力は学びます。国語で問われる思考力は、例えば三段論法のような論理的な思考力です。しかし、それは中学生以降の学習になりますので、小学生の段階では、「いつ」(when)「どこで」(where)「だれが」(who)「何を」(what)「なぜ」(why)といった状況把握を問われることが国語の主体になります。小学校の国語の問題演習はこのような問いかけに答える練習です。
一方で、算数では「どれくらい」(how)を問題として示されたり問われたりします。この「どれくらい」という問いは国語の時と同様に状況把握を問われていて、問題をよく読めば誰でも答えられる問題に見えます。しかし、「どれくらい」という問いはそう単純なものばかりではありません。かなり複雑で抽象的な概念を含む問題もあります。そしてそれを解くためにはかなり高度な思考力が必要です。
4年生までの「どれくらい」の問いかけは平易で単独の単位で問われる場合が多いので、問題を読めばすぐ答えられることが多いと思います。例えば、「ぼくの身長は145cmです。お父さんはぼくより25cm高いです。お父さんの身長は何cmでしょうか。」といった問題です。多くの小学生はすぐに足し算の筆算を始めて、その答えを解答欄に書き込んで「できた」と報告するでしょう。
では、次のような問題ではどうでしょう。「一つ340円のケーキを12個買いました。6個ずつ2つの箱に分けていれてもらいました。ケーキを入れる箱の代金が1箱100円かかりました。5000円札を渡しました。おつりはいくらですか。1つの式に表して答えを求めなさい。」
この問題も4年生レベルの問題ですが、この問題だと難しくて分からないと言い始める小学生が出てきます。読めばわかるというわけにはいかないということを知ります。教科書ではこのような問題を理解させるために絵を描いたりして視覚的に理解を深めさせます。そこから式の組み立て方を理解させるのです。このように問題の全体像を俯瞰的に捉えることが実は数学的思考力を深める大きな要素の一つになります。そうした考え方を5年生までに養っておくことが大切になります。
5年生の算数から「単位量当たり」とか「割合」という概念が登場します。例えば、「90㎡の公園に子供が25人います。2400㎡の校庭に小学生が600人います。どちらが混んでいるでしょうか。」「1組の教室には30人の生徒がいます。2組の教室には36人の生徒がいます。2組は1組に比べて何%生徒が多いでしょうか。」といった問題です。
4年生までに、算数の文章題を解くときに自分で視覚的な図を作りそこから式をたてられるように練習していれば、5年生の算数の「単位量当たり」や「割合」という概念も把握できて解けるようになります。しかし、5年生になるまで文章題を解くとき読んだままを式にしようとしてきた場合、上記の問題のように文中に単位の異なる数値が複数組出てきたり、二つのものを百分率や歩合で比較させたりする段階で、どちらからどちらを見てどのように比べればよいのか分からなくなることが多いようです。思考が混乱する以前に停止してしまうことになります。算数は難しいと思い込み、苦手意識が定着してしまします。こうなっては手遅れです。
算数・数学の本質は数学的思考力を養うこと、そのためには「どれくらい」を考える問題を使って問題の全体像を俯瞰的に理解させて数式を組み立てる練習をさせていくことが大切です。